町の年譜表


ライン

             
時 代 主なできごと
縄文時代 長根浦貝塚(縄文遺跡・昭和46年発掘調査)
弥生時代 長根浦竪穴住居
奈良時代 沼崎山複合遺跡(昭和53年発掘調査)
平安時代
室町時代 香林寺山門建立(昭和42年県指定有形文化財)

                                
西  暦 年  号 主なできごと
江戸時代
1605 慶長10 柳津と和測間、北上川河道工事
1616 元和 2 迫川、江合川合流工事
1623 元和 9 迫川、江合川、新北上川河道工事着手
1641 寛永18 白鳥部落開墾に着手
1664 寛文 4 赤生津村谷地開発を仙台藩に願い出て許可
1667 寛文 7 谷地開発着手
1683 天和 3 赤生津谷地、新田として開発完了
(田450ha・畑50ha・宅地58ha)
1685 貞京 2 赤生津新田に奉公屋敷150軒.足軽屋敷50軒
1774 安永 3 封内風土記(安永風土記)書上
赤生津村戸数476戸、人口2,050人
鴇波村 戸数54戸、人口332人
1810 文化 7 新田の荒田再墾完了
1837 天保 8 西前谷地開発
明治時代
1874 明治 7 赤生津村、鴇波村、二村合併し潤沼村となる
この間、洪水水害コレラ害虫等多く発生する。
1879 明治12 潤沼村分村、赤生津村、鴇波村に復す
1889 明治22 町村制施行、赤生津村と鴇波村が合併し豊里村と
なる。戸数 赤生津村680戸、鴇波村120戸、計800戸
1911 明治44 北上川改修工事着手
大正時代
1915 大正 4 電灯線建設(大正6年新田地区開通、以後全村へ)
1920 大正 9 10月1日第一回国勢調査 戸数865戸、人口5,746人
1922 大正11 統計 水稲作付面積9,100ha、生産量2,710t
反当あたり収穫量約5俵(60㎏入り)
1925 大正14 上沼、中沼、下沼、大沢沼を干拓(合計80ha)
昭和時代
1928 昭和 3 電話開設
1930 昭和 5 鴇波洗堰工事竣工
1931 昭和 6 迫川改修工事着手
1932 昭和 7 細沼を開墾(35ha)
1934 昭和 9 赤生津橋(私設橋)竣工(全長3000m)
1940 昭和15 新迫川開さく工事完成
1946 昭和21 県厚生連久美愛病院豊里病院発足
1949 昭和24 豊里村農業協同組合設立
1950 昭和25 豊里大橋架設
町制を施行(戸数1,459戸、10,044人)
県営砕石場が猪眠山に設置
1952 昭和27 豊里小学校、竹花小学校が独立して町立竹花小学校
となり、十五貫分校を竹花小学校に編入する。
豊里町土地改良区発足
豊里村耕地整理組合と豊里村細沼耕地整理組合を、
豊里町土地改良区に引き継ぐ、水田耕地整備事業完了
1953 昭和28 大沢地区排水路改良事業完成(140ha)
1954 昭和29 豊里中学校校舎新築完成
1955 昭和30 私立月輪幼稚園創立(園児78名)
豊里町が厚生大臣から保健文化賞を受賞
厚生連豊里病院が町に移管、豊里病院となる。
1956 昭和31 豊里町農業協同組合事務所完成
1957 昭和32 豊里中学校屋内体操場完成
1958 昭和33 台風11号、12号、22号により水稲冠水。
倒状や「いもち病」の発生で大不作
1959 昭和34 私立豊里技芸学校創立(生徒60名)
豊里母子健康センター完成  三笠宮妃殿下来町
1960 昭和35 鴇波地区農地交換分合完了(142ha関係者162人)
竹花小学校全国学校値林コンクールで第1位
1962 昭和37 上町、竹花町営住宅新築完成
組合法人豊里商工会創立
1963 昭和38 豊里町簡易水道工事完工
(山通地区を除く給水人口5,000人)
鴇波保育所開所
豊里病院が鉄筋コンクリート建に新築移転
1964 昭和39 番江地区交換分合完了(376ha・関係者688人)
1965 昭和40 役場庁舎新築完成
三陸鉄道気仙沼線豊里工事線の着工式が剣先で実施される
山通地区上水道完成
1966 昭和41 番江地区水田交換分合完了(382ha)
都市計画街路事業着手(新田加々巻線500m)
1967 昭和42 林道桜沢線完成
町営館山砕石場を庚申に開設
1968 昭和43 三陸鉄道部分開通(前谷地柳津間)
東北テレビパーツ工業株式会社操業
1969 昭和44 完全給食を実施
豊里町商工会事務所完成
1970 昭和45 二ツ屋保育所完成 月輪幼稚園が町に移管、
豊里幼稚園と改称
1971 昭和46 竹花保育所完成
豊里大橋永久橋架替完成(全長349m)
豊里保育所完成
1972 昭和47 豊里町勢発展基本構想が議決
十五貫分校が廃止、竹花小学校に統合
登米地区消防事業組合迫消防署豊里出張所を開所
香杯寺山門が県重要文化財に指定
鴇波保育所新築完成
1973 昭和48 医療費無料制度開始(70歳以上1歳未満)
農業振興地域に指定
桜沢砂防ダム完成
農道寿崎線改良工事完成(全長1,117m)
かんばつ被害
誘致工場ビデオテック株式会社操業開始(現ミヤギビデオテック株式会社)
農村工業導入特別対策事業の実施(新加々巻ほ場整備)
1974 昭和49 林道蓬沢線開通(全長1,050m)
豊里町消防団が消防庁長官から表彰旗を受賞
豊里町公民館完成 町民運動場完成
登米地方広域水道企業団設立加入
1975 昭和50 御岳堂山吉田線改良工事完成(全長618m)
稲作病害防除分担金条例施行
中央保育園新設完成
町の木「いちょう」を制定
1976 昭和51 十二沢線道路改良工事部分完成(全長1,455m)
異常低温により農作物に被害
迫川左岸線舗装新設工事部分完成(全長2,520m)
1977 昭和52 新町団地12戸完成(第1期)
鳥越唐崎線道路改良工事完成(全長896m)
新田加々巻線舗装新設工事部分完成(全長660m)
  地域農政特別対策事業の指定
国道気仙沼線全線開通
新町団地188戸完成(第2期)
1978 昭和53 銀杏公園完成
掛越線道路改良工事部分完成(全長557m)
陸前豊里駅に駅舎完成、切符の簡易委託販売開始
高齢者肉用牛貸付制度発足
宮城県沖地震発生
第1期沼崎山遺跡発掘調査開始
豊里テレビジョン中継所完成
豊里町土地改良区事務所落成
1979 昭和54 体育センター完成
十二沢3号線舗装新設工事部分完成(全長1,572m)
上屋浦団地6戸建・2練完成(第1期)
第2期沼崎山遺跡発掘調査開始
二ツ屋、十五貫両橋同時開通
農集電話を普通電話にかけ替え完成
豊里町水道事業を登米地域広域水道企業団へ事務継承し
水道課を廃止
上屋浦団地6戸建・2棟完成(第2期)
1980 昭和55 豊里小学校新築工事完成
草地造成事業実施(庚申地区)
豊里小学校屋内体操場完成
山根鴇波小学校線舗装新設工事部分完成(全長886m)
金山線道路改良工場部分完成(全長1,305m)
大崎線道路改良工事部分完成(全長828m)
豊里小学校開校 豊里小学校屋外プール完成
御岳堂・山吉田線舗装新設(910m)
上屋浦団地5戸建・2棟完成(第3期)
1981 昭和56 上町地区、仲町・川前地区集落センター完成
金山線道路改良(960m)
竹花保育園々舎完成
上屋浦団地5戸建・2棟完成(第4期)
1982 昭和57 新田二ツ屋地区ほ場整備事業(5.9ha)
豊里中学校々舎完成
1983 昭和58 特別養護老人ホーム「松風園」開園
町営館山採石場閉鎖
県営畜産経営環境整備事業開始(平成2年3月完了)
1984 昭和59 豊里幼稚園々舎完成
大沢沼地区ほ場整備事業(6.5ha)
町道大崎線道路改良工事完成(2,944m)
1985 昭和60 二ツ屋幼稚園々舎完成
農村総合整備モデル事業開始
第1回豊里夏まつり開催
1986 昭和61 多目的研修センター完成
1987 昭和62 町道大崎線舗装新設工事完成(2,944m)
第2次豊里町発展総合計画
1988 昭和63 豊里町消防団が日本消防協会から纏を受ける
県営水質障害対策事業(赤生津地区)完了
県営用排水施設整備事業(長根前)完了
豊里町婦人消防隊が全国婦人操法大会で優勝
低湿等による激甚災害(被害額5億6千2百万円)
登米地方クリーンセンター完成
県営かんがい排水(豊里地区境沢揚水)着手 H6完了
平成時代
1989 平成 1 豊里中学校体育館完成
平林工業団地敷地造成工事完成(12ha)
健康管理センター完成
雇用促進住宅敷地造成工事完成(1.0ha)
県営ほ場整備事業(鴇波地区143,0ha)着手 H6完了
1990 平成 2 県営ほ場整備事業(豊里地区1,200ha)着手 H11完了
集落農道大曲6号線道路改良舗装工事完成
農村情報連絡施設(防災無線)完成
1998 平成10 豊里町豊里浄化センター稼働
2000 平成12 豊里町有機肥料センター稼働
2002 平成14 平成14年6月10日登米地域合併研究会(8町)を設置
平成14年12月6日登米地域合併推進協議会(8町)を設置
2003 平成15 豊里町地域産物活用施設『直産がんばる館』JR豊里駅前に完成
平成15年4月1日登米地域合併協議会(9町)を設置
平成15年11月28日に東北、北海道地区では初めて
「小中一貫教育特区」として認定
2004 平成16 平成16年6月19日合併協定調印式
2005 平成17 登米市豊里運動公園完成
平成17年4月1日登米市誕生
■登米地域9町の変遷
1.迫町は、昭和30年4月1日に佐沼町、新田村、北方村が
合併し誕生。昭和32年4月1日に中田町の一部が編入。
2.登米町は、明治22年4月1日に登米村、日根牛村の合併
とともに町制施行により誕生。
3.東和町は、米川村と錦織村が合併して誕生した日高村
と、米谷町が昭和32年5月1日に合併し誕生。
4.中田町は、昭和31年4月1日に石森町、宝江村、上沼村
浅水村が合併して誕生し、昭和32年4月1日に町の一部
が迫町へ編入。
5.豊里町は、明治大合併で生まれた豊里村が町制施行
(昭和25年4月1日)により町へと変更され誕生。
6.石越町は、昭和34年4月1日の町制施行で村から町へ変更。
7.南方町は、昭和39年4月1日の町制施行で村から町へ変更。
8.米山町は、昭和32年12月25日に米山村と吉田村の合併で誕生。
9.津山町は、昭和29年11月3日に柳津町と横山村の合併で誕生。
2006 平成18 小学校・中学校で1人校長体制
旧豊里中学校に校舎を増築
2007 平成19 校舎一体型小中一貫教育校スタート
豊里小・中学校誕生
6・3制から3・4・2制へ
2008 平成20 登米市豊里公民館解体。複合施設建築
2009 平成21 平成21年3月22日三陸自動車道 登米ICまで開通
5月新型インフルエンザ(豚インフルエンザ)世界に流行 死者多発
2010 平成22 平成22年3月22日三陸自動車道 登米東和ICまで開通
平成22年3月25日登米市豊里総合支所・豊里公民館 開所
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